きょうは「昭和の日」。
祝日ということで、コロナで揺れる中ですが、私の父と母、娘たちにとってのじいじ、ばあばが群馬からお祝いに駆けつけてくれました。
きょうは「昭和の日」。
祝日ということで、コロナで揺れる中ですが、私の父と母、娘たちにとってのじいじ、ばあばが群馬からお祝いに駆けつけてくれました。
次女がうちにやってきて初めての朝。
ささやかですが、さっそく子育ての洗礼を浴びましたよ。
これまで、コロナのせいでできなかったこと、できなくなったことっていろいろと書いてきました。
ですが、逆にコロナのおかげでできたこともあります。
それは生後2日の赤ちゃんといっしょに寝る、です。
コロナの影響で、産院(医師会)が入院期間を可能な限り短く設定しています。
正常時であれば産後4泊するところを2泊に短縮。
そのおかげでもって生後2日の赤ちゃんといっしょに寝ることができました。
母になった女性はいっしょに入院しているので当たり前のことなのですが、パパは退院してきてから初めていっしょに寝るもの。
第一子のときに赤ちゃんと寝る経験はしてましたが、生後2日は新鮮でした。
だって4回も起きるんですもの(笑)
長女の寝かしつけと同時に寝る暮らしをしていますので、9時半に就寝します。
するとたちまち10時に起床(笑)
その後は0時半、3時、5時と起きました。
授乳から授乳の間は生まれて間もなければ間もないほど、短いものです。
たしか、長女のときは多くても3回しか起こされていませんので、初体験です(笑)
こんな経験ができたのもコロナのおかげですかね。
これだけ授乳回数が多いと妻への負担は大きいはずなので、うまくフォローしたいな、とは思ってます。
妹をお風呂に入れることを楽しみにしていた長女。
昨日は退院直前に病院で入ってきたということで、今日がはじめてのお風呂です。
本来ならベビーバスで入れたいところですが、諸々の事情により手元にないため、今日は洗面所ぶろです(笑)
「うわー、ちっちゃぁーい」
と感嘆の声を上げながらしっかりとママに指示された〇〇をきっちりと洗っていました。
さらにこの日、育児休業のための手続き、こどもが生まれたことの諸々の書類を完成させることに。
出生届を出してきたので、ひととおりの書類がそろったということで書き始めました。
が、これがとても面倒くさい。
提出先が違うだけで何度も何度も繰り返し同じ内容を書かされる…。
どうにかならないものですかね…。
今回、さらに思うのは、育児休業に関する書類って、ママがとることが前提な書類が多いですね。
なので、少し書きにくい部分があります。
ママなら産前休業があって、産後休業があって、それから育児休業が始まります。
そういったことが前提になっているような書類の作りですので、産前産後休業のないパパには記入しづらく感じることがあります。
まぁ、万人に書きやすいフォーマットなんてデザインするのは難しいでしょうから、ママ用、パートナー用で分けて作ってもいいんですかね。
この日、さらに手続きのひとつとして「児童手当」「乳児医療証」の申請を行ってきました。
前日に出生届を提出に行ってきたので、そこで合わせて手続きすればよかったじゃない、というご指摘あるかと思います。
しかし、それがしにくいのがいまの世田谷区玉川エリアなのです。
なんと、その出生届の担当と児童手当等の担当が離れた場所にあるのです。
出生届の戸籍係は東急大井町線の等々力駅。
児童手当の子ども家庭支援課は二子玉川駅。
駅すら違うほどに離れている(笑)
庁舎建て替えの一時的なものかと思いますが、とても不便です。
もっとうまくやれなかったのかな、と素人目には映ってしまいますね。
こどもってのはやっぱりすごいなと思うことがありました。
長女がふと発した言葉で妻が大感動したのです。
まず妹のほうを見て、「あかちゃん、うまれてきれくれてありがと!」。
ママのほうに向き直って「ママ、がんばったね!」。
これを聞いた妻はすこしウルウル。
狙ったわけではなく自然と言えるこどもってすごい!
そして、こんなことを思い伝えられるほどに成長していることがすごい!
こういう場面に出くわすと子育てっていいな、ってホント思います。
第二子の出産を機に1年の育休を取ることにした36歳、公認会計士やってるパパです。
日記で育休を取ったパパがどのような生活を送るのか、書き記していきたいと思います。
その1日目。
出産前日です。
4月1日から、いろいろな事情が重なりまして、休みをとることになりました。
育児休業前に有給休暇を取得するということです。
この休みの間にやりたかったこと、コロナの関係でやれなかったことを書いておこうと思います。