香川県議会で制定された「県ネット・ゲーム依存症対策条例」について思うこと。

香川県議会で3月18日に制定された「県ネット・ゲーム依存症対策条例」。

18歳未満の子どものゲーム利用について「平日60分(休日90分)まで」とするよう求める条例です。

ゲーム依存症対策ではあるのですが、思うところがあるので書き綴ります。

なぜゲームの時間を規制する必要があるのか

私は今回香川県が制定したこの条例、クソだなと思います。

それは巷で言われている「家庭への介入だ」とか、「ゲーム依存症の定義があいまいだ」とかそんなことじゃないんです。

「ゲーム=悪」という価値観の押し付けだと思ったからなんです。

そもそも「ゲーム=悪」なのか

今回のこの条例、青少年のネット・ゲーム依存症を防ごうというものです。

ネットやゲームに依存することのないように地域や家庭で守っていきましょうというもの。

やりすぎることで依存となるから、その時間を制限しようということですね。

なんでやりすぎたらいけないものがゲームなんですかね?

これって、ゲームが悪いものだと決めつけてますよね。

悪いものだからやりすぎたらいけないよ、ってことです。

練習の虫、研究の虫は??

世の中にには「練習の虫」とか「研究の虫」とか呼ばれる人がいます。

前者はスポーツの世界などで、人並外れてそのスポーツの練習をするひとをいいます。

大成した野球選手とかサッカー選手などに使ったりしますね。

後者はノーベル賞を受賞した研究者などが、1日中研究をしているような場合に使われます。

どちらも否定的なニュアンスはないですよね。

どっちかといえば、すごい!とか尊敬!とか含まれている感じがします。

でも、これって言い方変えれば「サッカー依存症」とか「研究依存症」といってもいいんじゃないでしょうか。

なぜ、このスポーツや研究・勉強に対しては過度にやりすぎることを依存症と言って、悪く言わないんですかね。

体を壊すという意味で言えばどちらもやりすぎれば体壊しますし、人間関係も壊します。

これの裏には、スポーツや研究・勉強は正しいもの、良いものという刷り込みがあるからでしょう。

スポーツや研究、勉強は世の中の役に立つもの、だからOKとしている気がします。

でも、それが正とされているのは最近のはずです。

近代に入る前、江戸時代くらいまでの農民などにおいては、勉強することすら悪でした。

勉強するくらいなら、農作業しなさい、という時代だったからです。

だとすると、ゲームが世の役に立たないってのもひと昔前の価値観なのではないでしょうか。

ゲームがどんな役に立つのかわからないですけど、ゲームだって世の中の役に立つものだ、と定義しなおせば、依存症とは言われないでしょう。

e-sportsというカテゴリーで、ゲームの世界での世界一を決める大会なども行われています。

賞金総額100万ドルの大会などもあるそうです。

ここで優勝するゲーマーなんかは世に依存症と呼ばれるレベルでゲームしてると思うんです。

これは悪なんでしょうか。

こういう世界で活躍するゲーマーと一流プロテニスプレイヤーって違うんですかね。

私は違わないと思っています。

同じようにすごいひとだと思います。

それを勝手に政治家のおじさんおばさんたちの価値観で「ゲーム=悪」としている点にどうしても納得がいきません。

香川のこどもたち、ゲームがしたい子は好きなだけしたらいいよ。

勉強すること、スポーツをすることだけが良いことじゃないから!