読書memorandum 2019-03 人魚の眠る家(東野圭吾)

娘ができて、できるようになったこと、できなくなったことがいくつかあります。

そのうちのひとつに気付かされた小説です。

こどもが悲しい目に遭う物語が読み進められなくなった

何ができなくなったかというと、こどもが悲しい境遇におちいる物語をバババっと読み進めることができなくなりました。

この作品はこどもに脳死の疑いがあるとされたときに親がどのような判断を下すのか、が大きなテーマになっています。

序盤で主人公の娘がプールでおぼれ、脳死と思われるような状況におちいります。

もうね、ぜんぜん先に進めないんですよ…。

自分のことのように考えちゃうと、次が読みたくなくなるんです。

こどもがいないときであれば、どんどん読み進めたくなるような小説だったと思います。

扱うテーマはとても重たい

「人魚が眠る家」で扱っているテーマは脳死です。

この脳死について、法制度の不備であったり、レシピエント側の思いだったり、最新医療の是非だったりを考えさせられます。

こどもの臓器提供に関しては、15歳未満だと提供しないことの意思表明しかできません。

裏を返せば、15歳未満のこどもについては、臓器提供をするかしないかは親が決めなければなりません。

臓器提供をすると決断すればそこで脳死判定が行われます。

しないと決断すれば、心臓が止まるのを待つことになります。

それを親が悲しみの淵にいるときに判断しなければならないのです。

残酷ですよね。

読み終えてずーんと沈んだ感じになっちゃいました。

でもね、読んで良かったと思います。

突きつけられたテーマについて、ゆっくりと考えてみたいと思います。

 

 

人魚の眠る家

人魚の眠る家

  • 作者:東野圭吾
  • 出版社:幻冬舎
  • 発売日: 2018年05月