書評:お母さんの「敏感期」

サブタイトルからもおわかりのとおり、モンテッソーリ教育に関する本です。

こちらは義母が友人から教えてもらい、そこからまた聞きで紹介を受けました。

園長先生が「いい本ですよね」と言った本

ばぁばのネットワークで、私たちが娘を通わせたいと思っている幼稚園の卒園生をお孫さんに持つ友人がいたようです。

その会話の中で、「私が読んでいたのを見た園長先生が『いい本ですよね』と言ってくれた本があるの」と教えてくれたのがこの本だったそうです。

モンテッソーリ教育の幼稚園に入れたい

詳しくはまた別の機会に譲ろうと思いますが、2歳になった娘の特長などをみると、モンテッソーリ教育を受けさせるのが良さそうだと夫婦でなったのです。

であれば、モンテッソーリ教育について詳しくなるのは良いことだろう、入園前から自宅で実践できることがあれば、導入しておこうということで読んでみました。

冒頭の章から感銘を受けてしまった

読み始めてすぐに、心をわしづかみにされました。

ちょっと長いのですが引用します。

今朝、電車の中で、赤ちゃんがむずかっていました。お母さんは、なだめようと抱っこするのですが、赤ちゃんはいやがってずるずると床に座りこみます。お母さんは、何度も抱っこするのですが、やはり赤ちゃんはいやがっています。「いったい何がいやなんだろう」と私はその行動をじっと見ていました。すると赤ちゃんは、床に座りこんだあと、よいしょ、と立ちあがり、電車の揺れにからだを合わせました。そしてなんともいえない喜びの笑顔をしました。私はその喜びの顔を見て、「ああ、この子は立ちたかったんだ」とわかりました。けれども、その、赤ちゃんの顔を見ていなかったお母さんは、いつまでも、抱っこしようとして、イライラしていました。この赤ちゃんは自分で立つ力を獲得する敏感期にいたのですね。赤ちゃんを理解してあげることはむずかしいけれども、ちょっとした知識とゆとりがあるだけで、赤ちゃんの喜びをわかってあげ、それを大切にしてあげることもできるのでしょうね。

保育の現場で働こうとする方で、モンテッソーリ教育を教える立場として学んでいる方の実体験だそうです。

この中にすでに大事なエッセンスが凝縮されているように思ったのです。

  • しっかりとこどもの顔をみる
  • こどもが何をしたいのか、見極める
  • ある能力を獲得するための特別な時期がある

こんなことを読み取りました。

「ちょっとした知識とゆとりがあるだけで、赤ちゃんの喜びをわかってあげ、それを大切にしてあげることもできる」、これが私たち夫婦が到達したい領域なんだと思います。

言葉がしゃべれない、うまく伝えられないだけで、こどもにもしっかりと思いがあります。

それを知識やゆとりでくみ取ることができて、親子ともども幸せになれたらいいじゃないですか♪

「敏感期」という言葉を知っておく

先ほど冒頭の1章目で読み取ったことのひとつとして、「ある能力を獲得するための特別な時期がある」ということを書きました。

これをモンテッソーリ教育では「敏感期」と呼んでいるそうです。

その敏感期とはどういったものなのか、というとこの本には以下のように書いてあります。

発育とか成長というと、とかく外にあらわれる経過で見ようとします。しかし、 本当は、外から見える経過の内面にある、特別な感受性やエネルギーが重要なのです。 生物の幼少期には、発育のある段階に、ある精力を強烈に使うようその生物に強制します。その、内面から押しあげてくる強い感受性で、生物は自分にとって必要なものを環境の中に見つけ、エネルギーを燃えあがらせ強烈にかかわり始めるのです。

こども自身が自分の人生の中で必要だと思う能力を、ものすごいエネルギーで学び取ろうとする時期があるってことですね。

先日ブログにも書きましたが、うちの娘は最近「ボタンの付け外し」の敏感期の真っただ中にいるようです。

ボタンを付けたり外したりする能力をいままさに獲得しようとして、精力を強烈に使うよう強制されているのでしょう。

モンテッソーリは、子どもは「環境に恋をし」「環境と恋仲になる」と表現しています。恋をする人は、自分にとってもっとも大事なものを内面のひそやかな感受性でキャッチし、やがて愛が燃えあがると全力投球でかかわります。

まさに娘のボタンに対する姿勢は全力投球だと思います。

タイトルの母親の敏感期とは

本のタイトルは「母親の敏感期」です。

“母親の”とついているのはなぜか。

「敏感期」は、すべての生物が生まれてしばらくの期間、長い生涯を生きていくうえで必要なものを獲得するために、特別に感受性が敏感になる時期

という定義から考えると、“母親の”敏感期とは、「母親になっていくための能力を獲得特別に感受性が敏感になる時期」と読めます。

こどもが生まれてからの数年は母親にとっても、その能力を獲得するための時期だということですね。

敏感になっているからこそ、ちっちゃなことが気になるし、ちっちゃなことで思い悩むし、ちっちゃなことでくよくよするんですよね。

母親としての能力を獲得するために必死だからこそなんですね。

父親の敏感期はあるのかなぁ

モンテッソーリ教育はマリア・モンテッソーリが行った教育のこと。

聖母というだけあって、その視点は母親に向けられています。

自分でおなかを痛めて生んだ自分の分身のように感じられる母親だからこそ、敏感期が訪れるのだと思います。

イクメンを自負して育児に積極的に参加している私ですが、敏感期といえるまでの状態にはないんでしょう。

ちょっとした知識とゆとり

冒頭の引用に「ちょっとした知識とゆとりがあるだけで」とありました。

娘のボタンの敏感期ですが、敏感期という知識がなければ長々と私のボタンの付け外しをさせることもできなかったと思います。

そういう意味で、「知っている」というのは大きいです。

そのほか、こちらの本には手作りで作れるおもちゃが載っていて、それを参考に作ってみたりもしました。

母親とありますが、父親も十分読むに値する本だと思います。

いま抱えている悩みがや課題が解決するきっかけを与えてくれる可能性は十分にあります。

モンテッソーリ教育に興味がなくても、子育ての参考に手に取ってみる価値はあると思いますよ!

 

お母さんの「敏感期」

相良 敦子